不幸でなければ、いい作品は生まれない!?
日本画家の話を書いていたので、参考になるかと宮尾登美子さんの『序の舞』を読んでみました。
実在した女流画家・上村松園さんの生涯を小説にしたもので、女性としての生き方を強いられていた時代に、男性社会だった画家の世界で生きていく、その凄まじさ、気負いが描かれていて感銘をうけました。
主人公つうさんは、19歳で師匠の子どもを身ごもり、里子に出すために遠く離れた地で一人出産し、子どもと別れます。今生の別れにと、生まれたての我が子を写生するときの心情を思うと、泣けてしまいました。
師匠と再開し、おろかにも二回目妊娠。子どもをおろそうと、自分の絵を売って薬を買ってきて呑もうとします。でも、これは母親に見つかって、子どもは無事出産。今度は手元で私生児として育てることに。(実際育てたのは、彼女の母親なんですけどね)
途中で、絵を辞めて結婚してもいいと思える程、好きなる人もできるのですが、未婚のまま一生貫きます。でも、画家となった息子やその家族の中で、絵を描けたのだから、幸せな人生だったと言えるのではないでしょうか。
彼女は、振り返ります。女としての幸せを望んだことがあったけど、やっぱり絵の道を究めてよかったと。
それは、絵で大成したからこそ言える結果論なのかもしれません・・・そう言えるほどの才能があったことが羨ましいです。
でも、やっぱり、三度の飯より、絵を描くのが好き。これが、彼女を突き動かした原点ではないかと思います。
この前、新聞に作家の村山由佳(『天使の卵』で小説すばる新人賞を受賞、『星々の船』で直木賞受賞)さんの話が載っていました。
25歳で結婚して、人としてものすごく幸せな生活をしていたけど、このままでは小説が書けなくなると思い、「お前は小説を書いていればいい」「小説家として、刺激が必要なら、外で恋愛してくれてもかまわない」とまで言ってくれたご主人と離婚。
その話を、知人にしたら、「旦那は奥さんのこと愛してなかったんよ。 本当に愛してたら、そんなこと言わんよ」みたいに言われました。「旦那さんも、ほかに好きな人がいて、別れたかったんかもしれん」とまで言われたら絶句。
ただ、癒されすぎて小説が書けなくなるというのは、わかる気がします。
つうさんは、七歳年下の彼氏と恋愛したとき、スランプに陥って絵が描けなくなっていました。
愛されすぎても、愛しすぎても、作品は生まれなくなるんですね。
そして、平凡すぎる日々も。
松園さんは、京都が好きで旅行もほとんどしてなかったようです。時代背景もありますが、当時でも旅行をする人は、というかできる人は、していたんですよね。ご本人があまり出歩くのが好きではなかったのかもしれません。ただ、習い事はかなりされていたようです。漢学とか、謡や日舞、三味線・・・あと能やお芝居をみたり・・・芸の肥やしにしていたのでしょう。
芸の肥やしというか、刺激的なことは、何かを生み出すためには、やはり必要なんでしょうね。
村上由佳さんも、それをもとめて癒される人生を自ら捨ててしまったのかもしれません。
よく講座の中で、不幸じゃないといい小説は書けない!? みたいな議論が起こります。先生は否定するけど、どうなんでしょうか。
小説は、人の悲しみや苦しみを代弁するもの、と定義すれば、やはり、幸せな人生しか過ごしていない人には、いい小説は書けないのかもしれないと思ったりします。
かと言って、自ら離婚したりはできません。ましてや、私は作家にもなっていないので(笑)
だから刺激的なことをする・・・といっても限られてくるんですけど、ただ、別に小説を書こうと思って過ごしてきたわけではない今までの人生が、モノを言うな・・・というのは実感しています。
高知で日本画を勉強して、イラストレーターになろうと思って上京して、人形劇の仕事して、ディズニーランドでバイトして・・・郷里に帰ってからは、雑貨屋オーナーして、Gデザインの仕事して、そうそう、舞台女優もしました(笑)
ま、ちょっとだけ変わった人生かもしれないと思います。
それを肥やし(?)というかネタに、今、小説書いてるんですけどね。底尽きると困るので、新たな刺激を求めているけど、最近はなんにもないですね。
職業柄、いろいろな社長さんにお会いすることはあるので、特に不動産系が多いんですけどね。また、そういうのもネタにしてみようかなと思っております(笑)
半分本気で、旦那に、「賞を2つとったら、別れてよ」なんて言ったりします。
旦那は、「賞とらんでも別れてあげるよ」と切り返してくるので、なんて平凡な夫婦なんだろうと苦笑してしまいます。二十年も夫婦してたら、そんなもんですよね。村上由佳さんの記事に、「今いる人といつまでも一緒にいられない、必ず別れが来る」とあったけど、普通の夫婦は、それって死別ってことですよね。
突然、地震が来て会えなくなる、なんてこともあるかもしれないけど・・・
それは、それで、自分の人生も大幅変更を余儀なくされるわけだし。それでも小説を書きたいと思ったら、それは本物だなって思います。
いい小説が書けるかどうかは、わからない。ただ、書けるうちに、書いておきたい。この気持ちがどこからくるのかわからないけれど・・・
年末までは、とりあえず、書かなければいけないことが、頭に詰まっています。でも、なかなか上手くカタチにならなくて、苛立っている状態。
仕事も家事もせず、ただひたすら書いていたい。村上由佳や上村松園のようになりたい! と心の底で叫ぶ自分に、それほどお前に才能があるのか、と問いかけているもう一人の自分がいます。
2012.7.11
実在した女流画家・上村松園さんの生涯を小説にしたもので、女性としての生き方を強いられていた時代に、男性社会だった画家の世界で生きていく、その凄まじさ、気負いが描かれていて感銘をうけました。
主人公つうさんは、19歳で師匠の子どもを身ごもり、里子に出すために遠く離れた地で一人出産し、子どもと別れます。今生の別れにと、生まれたての我が子を写生するときの心情を思うと、泣けてしまいました。
師匠と再開し、おろかにも二回目妊娠。子どもをおろそうと、自分の絵を売って薬を買ってきて呑もうとします。でも、これは母親に見つかって、子どもは無事出産。今度は手元で私生児として育てることに。(実際育てたのは、彼女の母親なんですけどね)
途中で、絵を辞めて結婚してもいいと思える程、好きなる人もできるのですが、未婚のまま一生貫きます。でも、画家となった息子やその家族の中で、絵を描けたのだから、幸せな人生だったと言えるのではないでしょうか。
彼女は、振り返ります。女としての幸せを望んだことがあったけど、やっぱり絵の道を究めてよかったと。
それは、絵で大成したからこそ言える結果論なのかもしれません・・・そう言えるほどの才能があったことが羨ましいです。
でも、やっぱり、三度の飯より、絵を描くのが好き。これが、彼女を突き動かした原点ではないかと思います。
この前、新聞に作家の村山由佳(『天使の卵』で小説すばる新人賞を受賞、『星々の船』で直木賞受賞)さんの話が載っていました。
25歳で結婚して、人としてものすごく幸せな生活をしていたけど、このままでは小説が書けなくなると思い、「お前は小説を書いていればいい」「小説家として、刺激が必要なら、外で恋愛してくれてもかまわない」とまで言ってくれたご主人と離婚。
その話を、知人にしたら、「旦那は奥さんのこと愛してなかったんよ。 本当に愛してたら、そんなこと言わんよ」みたいに言われました。「旦那さんも、ほかに好きな人がいて、別れたかったんかもしれん」とまで言われたら絶句。
ただ、癒されすぎて小説が書けなくなるというのは、わかる気がします。
つうさんは、七歳年下の彼氏と恋愛したとき、スランプに陥って絵が描けなくなっていました。
愛されすぎても、愛しすぎても、作品は生まれなくなるんですね。
そして、平凡すぎる日々も。
松園さんは、京都が好きで旅行もほとんどしてなかったようです。時代背景もありますが、当時でも旅行をする人は、というかできる人は、していたんですよね。ご本人があまり出歩くのが好きではなかったのかもしれません。ただ、習い事はかなりされていたようです。漢学とか、謡や日舞、三味線・・・あと能やお芝居をみたり・・・芸の肥やしにしていたのでしょう。
芸の肥やしというか、刺激的なことは、何かを生み出すためには、やはり必要なんでしょうね。
村上由佳さんも、それをもとめて癒される人生を自ら捨ててしまったのかもしれません。
よく講座の中で、不幸じゃないといい小説は書けない!? みたいな議論が起こります。先生は否定するけど、どうなんでしょうか。
小説は、人の悲しみや苦しみを代弁するもの、と定義すれば、やはり、幸せな人生しか過ごしていない人には、いい小説は書けないのかもしれないと思ったりします。
かと言って、自ら離婚したりはできません。ましてや、私は作家にもなっていないので(笑)
だから刺激的なことをする・・・といっても限られてくるんですけど、ただ、別に小説を書こうと思って過ごしてきたわけではない今までの人生が、モノを言うな・・・というのは実感しています。
高知で日本画を勉強して、イラストレーターになろうと思って上京して、人形劇の仕事して、ディズニーランドでバイトして・・・郷里に帰ってからは、雑貨屋オーナーして、Gデザインの仕事して、そうそう、舞台女優もしました(笑)
ま、ちょっとだけ変わった人生かもしれないと思います。
それを肥やし(?)というかネタに、今、小説書いてるんですけどね。底尽きると困るので、新たな刺激を求めているけど、最近はなんにもないですね。
職業柄、いろいろな社長さんにお会いすることはあるので、特に不動産系が多いんですけどね。また、そういうのもネタにしてみようかなと思っております(笑)
半分本気で、旦那に、「賞を2つとったら、別れてよ」なんて言ったりします。
旦那は、「賞とらんでも別れてあげるよ」と切り返してくるので、なんて平凡な夫婦なんだろうと苦笑してしまいます。二十年も夫婦してたら、そんなもんですよね。村上由佳さんの記事に、「今いる人といつまでも一緒にいられない、必ず別れが来る」とあったけど、普通の夫婦は、それって死別ってことですよね。
突然、地震が来て会えなくなる、なんてこともあるかもしれないけど・・・
それは、それで、自分の人生も大幅変更を余儀なくされるわけだし。それでも小説を書きたいと思ったら、それは本物だなって思います。
いい小説が書けるかどうかは、わからない。ただ、書けるうちに、書いておきたい。この気持ちがどこからくるのかわからないけれど・・・
年末までは、とりあえず、書かなければいけないことが、頭に詰まっています。でも、なかなか上手くカタチにならなくて、苛立っている状態。
仕事も家事もせず、ただひたすら書いていたい。村上由佳や上村松園のようになりたい! と心の底で叫ぶ自分に、それほどお前に才能があるのか、と問いかけているもう一人の自分がいます。
2012.7.11
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